看護・高齢者ケアプログラム体験談・視察レポート
2008 年 10 月開講の『看護教育プログラム』に参加してから 2021 年 7 月現在までの間に、何度も執筆をお願いしてきた前田初美さん。
全く英語が話せなかった 2008 年、学生ビザでオーストラリア看護留学に飛び出した頃を振り返ると、彼女のあきらめない不屈の姿勢が、そのままステップアップして現在に表れています。東京六本木のクリニックで看護師として、国際的な環境の中で勤務する彼女に、今の思いを執筆していただきました。
『看護留学後のスキルアップ』
医療英語を日本でどう活用していけるのか
前田初美 看護師 (クリニック勤務) 2021 年 7 月吉日
皆さんこんにちは。私は、前田初美と申します。自己紹介として、自分の性格について話すと、何事も元気とポジティブさで乗り切ってきた、そのくせ超シャイで人見知り。そして苦しい事・納得いかない事は、反省よりもグチグチ文句言い続けて発散する粘着タイプ。他人からは、穏やかで協調性があると思われる事が多いようですが、実は周りに合わせるのが苦手で(笑)自己中で負けず嫌いの、若さ一杯ワガママ一杯!!.....に溢れた時間は本当にあっという間に過ぎ、気付けば、看護師としてのキャリアはもう15年以上になります。
今回ここに私の、英語に対する想いをどうにかして載せたいと言ってくださった、2008年にこちらトラベル・パートナーズさんにお世話になった当初から、看護留学プログラムを通して、私が人間としても成長する姿をずっと応援してくださり、長期にわたって縁の下の力持ち役に徹してくださった、担当の萩田様に、深く感謝致します。
今、私が都内で働いているクリニックは、六本木という土地柄、外国人の患者さんが多くいらっしゃいます。ドック健診も行っていて、海外から日本に進出している企業に勤める外国人のワーカーさんが健診を受けに来てくださるなど、外国人の方がよく出入りするクリニックです。医師、看護師、薬剤師、放射線技師、検査技師、受付の方、と多職種にわたって、クリニックの職員が英語を話せます。英語で電話対応をするコール事務さんも優秀ですし、通訳の方も常勤しています。個人の英語レベルに上下差はありますが、当院では TOEIC が導入され、英語能力評価基準に使われています。また、よくある企業と同じで、TOEIC の試験点数によりお給料が増します。けれども、試験点数だけが全てではありませんし、もちろん英語が話せないスタッフも沢山いて、個々に期待されている能力を発揮しながら一緒に頑張っています。実際、「仕事」となると、信頼の意味で、英語より医療技術のキャリアのほうが大事です。私が専門英語を確実に話せなくても、トレーニングされた医療英語通訳さんが隣にいて力を貸してくださいますので、自分は医療行為や看護の提供に専念できます。このように整った環境下でさえも、医療スキルと語学が堪能な「無敵な人」は残念ながらまだ少なく、文武両道みたいなのが、憧れです。英語だけにこだわらず、現場での私は、まだまだささいな事でも吸収し、関心をよせる毎日です。家族友人に支えられ、身近な先輩・後輩・同僚・医師達・そして患者様からも多くの事を学び、持てる能力が貢献できるようにと、日々努力しております。
私はどうしても、「医療英語」を使って、看護師として、何か私らしく、働いていけないだろうか?という想いを諦めたくありませんでした。人生において、20 代 30 代に経験した全ての事を、「集大成」と言ったらいいのか、言語習得の面で、そして文化的背景からも、その学びを仕事で合理的に活用したい気持ちでいっぱいでした。なぜなら、それが今の、もちろん私を含めた日本の人々に欠けている、本当は最も必要とされる訓練の部分と理解するからです。日本の英語教育における、文法重視の読み書きテストの勉強だけ必死にしても、獲得が難しい英語でのコミュニケーション感覚。そのため、海外で経験してきた貴重な日々を、とにかく 1 滴も残さず表現したいという、頑固たる執念かもしれません。
とてもモッタイナイと感じるのは、「看護留学経験」や「英語学習」を、経験で終えてしまう人が多いことです。もちろん、それはその人の感覚だから、悪い事ではないし、続けたくても続けられ ない事情や、経済的理由もあると思います。それでも、「小さい頃、ピアノを6年間習っていました」、「小学生の頃から、野球だ けは 9 年間やり続けました」というような、社会人になり、それらはすっかりやめてしまっていても、その時根気強く続けた経 験は、絶対にその人の人生を彩るルーツになる。だから、私が英語に夢中で、その情熱を「医療で発揮したい」と、そんな場所 をみつけられたのは、幸運です。
上記内容をここに持ってきて、実は、本当に考えていただきたい事は、「英語取得」に関しては、ピアノや野球の経験とは少し 違って、日本人に差し迫っている現実として、とても大きな課題であるということです。それは医療に限らず、政治経済でもどの 分野でもすでに直面していて、これから益々グローバル化が進む日本において、英語能力は必須ということ、英語ができる人 は、もはや特別ではないという世界にならなければいけないと、私は考えています。
今の日本は、英語を話せる人が足りなさすぎです。私もよくその場で担当する患者さんに言われます。「何で行きたい病院は英語が出来ないの、何で英語が話せないの?」と。例えば小さなクリニックでは対処できない症状の方には、紹介状を作成し、病院に送ります。その時、英語対応可能な病院は、都内であってもとても限られている。そうなると、病院探しも色々な調整に時間がかかります。折角の候補の病院に問い合わせると「英語対応が必要な人は受け入れ不可」と言われたら、また病院を探さなくてはいけない。だから、「こんなに都会なのに何故、日本人って英語が話せないの?」と言われるのが、とても悔しい。グローバル化に立ち向かう時、一番の壁である言語面で、難なく対応できる人を増やしたい。小さな経験からの始まりでよいと思っています。私も、29になるまで全く英語はできなかったし、看護留学プログラムがきっかけでした。少し英語に触れたら、その経験から、日本代表選手にでもなった位の気持ちで自信を持って、今ある英語力をそこで終わらせず、「活きた英語」として、堂々と道を開いて欲しいというのが、私の願いです。特に若者は、英語を学んで個々に思い描く将来像もあると思いますが、英語は「コミュニケーション手段」 であり、本当は英語習得後のその先を、みなくてはいけないと気づいて欲しいです。私が出会って来た多くの外国人留学生は、留学を通して、本気で英語で職業に就くことを狙っていました。野心があり、留学先で職業に就くために英語を学ぶ。無駄がない。経験で終わってしまう、生活水準の恵まれた多くの日本の学生とは、真逆です。
今、コロナ禍でもあり、現地留学が厳しい状況かとは思います。それでも私のこの文章が、読む方に希望を与えられるのであれば、英語上達の夢や想いを、どれだけ苦しくて大変な状況下でも、忘れず諦めず抱き続けて欲しいです。朝が来ない日はないし、いつか風向きは変わる。今すぐ現地に行けなくても、それまでに気持ちや実力を温め、ここで努力できる事はあります。準備をしっかりしておいてくださいね。私の好きな言葉、「生きる勇気が湧いてくる207のメッセージ」という本からの引用ですが、「準備をしておけば、いつかチャンスはやってくる。」米第16代大統領、エイブラハム・リンカーンの言葉です。
初美さんの 2008 年からのオーストラリア滞在のあしあと
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