看護・高齢者ケアプログラム体験談・視察レポート
メルボルンランゲージセンターの看護教育プログラム受講のため2008年にオーストラリアへ留学。「OETテストに合格してゆくゆくはオーストラリアで看護師として働きたい!」と話していた時代から8年の年月を経て、現在メルボルン市内の急性期の公立病院の総合内科にて勤務。
看護師として働きつつ、さらに今年は、大学院でGraduate Certificate1年間のコースも同時に受講しているエネルギーあふれる大西さん。この8年、彼女がどのように過ごしたのか、英語、金銭、アルバイト、資格….多くの乗り越えなければいけない壁を乗り越えて、ようやくたどり着いた現在のポジションまでの道のりをインタビューさせていただきました。
↑2008年メルボルンランゲージセンターで看護教育プログラムに参加中の大西美有季さん↑
TP萩田:
大西さんが弊社を経由してメルボルンランゲージセンタ―の看護教育プログラムに参加するために出発されたのが、2008年の1月でした。 その後、しっかり就学期間を終えて、2009年の5月に弊社の看護留学説明会にゲストとして参加してくださいましたよね? その時に「OETに合格して働く夢はあきらめていません。OETの勉強は日本でも続けられるので、少し日本でまた看護師として働きながらお金を貯めます。」とおっしゃっていたことを覚えているんですが
大西さん:
はい、その通りです。確か2009年の2月頃にオーストラリアから帰国して、日本で派遣ナースとして働き始めました。
派遣先のコーディネーターさんがとても良い方で、1か所の場所の勤務に融通してくれて、とても働きやすかったんです。
TP萩田:
日本でOETの受験をされたんですか
大西さん:
確か最初にIELTSを受験したと思います。スコアは、6~7の間くらい。6.5って感じでしょうか?
TP萩田:
それってすごいスコアですよ!!!! そんなに英語の成長があったのですか? どのように勉強をしたのですか?
大西さん:
日本に帰国した時は、ひたすらIELTSの過去問をやりました。あとは、知人の英語教室にたまに話に行って、スピーキングを維持して。それに、もともとオーストラリアに出発する前に4か月間だけイギリスに英語の勉強に行きました。25歳でした。それが結構良かったのかな? イギリスでの就学が終わるころ、「このあとどうしよう?」と思い、インターネットで色々検索してたらトラベル・パートナーズさんのプログラムが出てきて、帰国後すぐに申し込みをしたんです。
TP萩田:
2007年の9月に帰国されて、数カ月でオーストラリアへ行ってしまったんですか!!!
大西さん:
そうですね。 そして、メルボルンランゲージセンターで約1年勉強して、進学コースにも入りました。その後、ケア体験を2週間したと思います。
TP萩田:
順調にその段階ごとに英語を伸ばしてきたんですね。結局、その後またオーストラリアには、戻られたのですか?
大西さん:
はい、2回目はワーキングホリデービザで2010年の秋頃出発しました。メルボルンが猛暑だったのを覚えています。その時は、大学に入るための語学学校で少し勉強するのが目的だったのですが、そのコースに入るためには、IELTS6.5が必要でした。 この語学学校で3カ月位学んで、2011年2月の大学の新学期に間に合ったんです。 この時点で、ワーキングホリデービザを放棄して、学生ビザに切り替えました。オーストラリアの看護学部は通常3年ですが、日本での看護学校での単位を証明する書類などの提出で、1年省略が出来たんです。1年分の大学の費用が浮くのは、留学生にとっては、本当にありがたい!そして、2011年2月にラトローブ大学の2年生からスタートして2年間大学で勉強しました。 英文名でいうと、『La Trobe UniversityのFaculty of Health Science, Bachelor of Nursing 』ですね。
La Trobe University ↑
TP萩田:
卒業までにOETは受けたのですか?
大西さん:
はい、もう何回も受けました。私がOETに合格したのは、卒業後です。
TP萩田:
そして無事卒業?
大西さん:
はい。2013年の1月に無事。
TP萩田:
その後は? ビザはどうされたのですか?
大西さん:
大学を卒業すると、インターナショナルスチューデントは、18カ月間フルタイムで働いても良い「Graduated Visa」というものを申請できるんです。それに切り替えました。卒業後にOET合格を経て、看護師協会には、登録が完了したのですが、何せ雇ってもらうには、コネクションが必要で、保証人も必要ですし、看護師としてはまったく職がない状況でした。とにかく、カフェのアルバイトとかを掛け持ちしながらなんとか生活していました。でも、Graduated Visaに切り替えて1年弱の頃、友人に「美有季はパーマネントレジデンスビザ(いわゆる永住ビザ)を申請できるんじゃないか」と言われました。確かにこの時点で稼ぐポイントは結構稼げていて、永住ビザに必要なポイントを数点上回るくらいあったんです。看護師協会に登録した時の書類と、永住ビザ申請に必要な書類が結構かぶっていたので、書類をそろえるのが楽で、申請してみたら、ぽんと、永住権が取れたんですよ。通常、書類をそろえるのも進まず、もたつくと聞きますが、私の場合、看護師協会の登録と永住ビザの申請が1年以内だったので、書類を使いまわせたというか。(笑) すごく早く取得できました。でも永住権取ると、オーストラリアの健康保険料を払わなくてはいけないんです~。
(T_T)
TP萩田:
うわ・・・・金銭のやりくりに苦労している留学生にとっては、死活問題ですね….でも、そうすると、オーストラリアに滞在し続けるために皆が苦しむ、何のビザで滞在するかを考える必要はこの時点でなくなった?
大西さん:
そうなんですよ。 ただ、看護師のポジションを最初から狙うことは不可能で。とにかく、少しずつ這い上がって行って、実績を作らなければならないと思っていました。そこで、老人施設のボランティアの仕事を新聞で見つけて応募したんです。そうしたら、たまたま大学の同級生のお母さんが、その施設のマネージャーさんだったんです!高齢者、障がい者、病院から地域ケアに移ってきた人の在宅ケアやデイケアをやる施設なんですけれど。 そのお母さん(マネージャーさん)が私を認知症のケアグループのケアワーカーというポジションに昇進させて下さって、給料が発生するようにしてくれたんです。マネージャーさんには親身になっていただき、色々とアドバイスもいただきました。施設での奉仕が有償にはなりましたが、ケアワーカーはお給料が、もともと安いんです。まだその頃カフェのアルバイトと掛け持ちしてました。
TP萩田:
なんだか苦労している中でも、ラッキーですね。様々な経験が次に結びついている気がします。
大西さん:
その通り! その頃、現在勤務している病院で、先に看護師として勤務していた日本人の友人が、『産休の看護師さんのポストが空いているから応募してみたら?』 という情報をくれて、挑戦してみたんです。その時、ケアワーカーに昇格してくださって、お世話になったマネージャーさんが保証人(オーストラリアではreferenceといいます。)になってくれました。オーストラリアは、保証人なしでは、職につけません。履歴書は常に更新していたので、すぐに提出しました。そうしたら、翌日には面接で、その翌日には、電話で「いつから来れる?」という展開になったのですが、そのポストは3ヶ月の契約でした。でも、誰かしら産休してるんですよ、病院の中の看護師さんって。(笑) それで、3ヶ月が10ヶ月になりました。 その時の担当科のマネージャーが私を気に入ってくださって、その後、正式に看護師として雇用されることになりました。大学院でのGraduate Certificateのコースも私がやりたくて、1年間で申し込みました。本来は、その時点で、病棟を去ることになるのですが、今の師長さんは、私を病棟に残してくれたんです。(オーストラリアでは、病棟ごとで、契約とお給料、分かれているので) Graduate Certificateコースは、昨年の12月からスタートしました。実は通常2年間かけて修了するコースらしくて、本当に忙しくて、病院の教育担当からレクチャーを受け、レポートを提出し、勤務も普通にして、大学院の受講はインターネットでやっています。直接学校へ行かなくても良い分助かりますが、相当へとへとで。まったく遊べません。
TP萩田:
すごい努力の積み重ねですね。すごい、すごい!!!! かかった費用をどのように工面したのですか? 大学の学費は本当に大変ではないですか?
大西さん:
はい、結局母に借りました。 母は、私の結婚資金を貯めていたようで、どうせ結婚するような気配もないしといって、学費の部分は母が助けてくれたんです。あとの生活費は、日本で、貯めた分と、アルバイトの掛け持ちでカバーしました。 飲食業のアルバイトで出る賄い飯が大切でしたよ(笑)。 残った時は、冷凍しておいて、お弁当にしたりもしていました。 Graduated Certificateのコースの学費のうち、病院の教科は、病院側が多分、少し負担してくれているんだと思います。
TP萩田:
大西さんのような明るい努力家は、その都度、知り合った方々が助けてくれるのですね!
大西さん:
本当に。(>_<) 私は、人脈に恵まれていたんだと思います。
TP萩田:
大西さんの努力が人脈を集めてくるという気がしますね…・そういう明るい人柄というか、性格が 大切!最後に、オーストラリアで看護師として働きたい方達へのアドバイスをいただけますか?
大西さん:
う~ん、「絶対にあきらめない!」ってことに尽きると思います。 かくいう私も何度あきらめかけたことか。 でもあきらめたら、そこで終わってしまうから。 あとは、看護だけでなく色々なことにチャレンジすると、自分の幅も広がるし、色々な人に出会えますよ。
TP萩田:
そうですよね~。と~っても参考になりました。 (^◇^)
今日は、貴重なホリデーの時間をさいていただき、ありがとうございました?
編集後記:
大西さんの苦労をチャンスに変えて行くビッグスマイルがとても印象的でした。
彼女は、人に恵まれていたとおっしゃっていましたが、彼女が人脈を呼びよせるんだなぁ、とつくづく感じました。
金銭的苦労は誰にもありますが、努力をいとわず、チャレンジし続けた彼女の姿勢は『あっぱれ』です。
これからもエールを送り続けたい!今後も大西さんには、不定期ですが、メルボルンから弊社のホームページへ投稿・発信していただくことになりました。乞うご期待!
彼女の歩んできた道、これから歩む道が、多くの世界へ羽ばたく日本の看護師さんの励みとなりますように。
萩田(*^_^*)