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「徳洲会第2回がん看護・緩和ケア研修」でオーストラリアへ行ってきました<後編>
●エッ、”定年“は無い!?
 そうです。オーストラリアの公立病院には定年はありません。アンさんは今年72歳。現役のナースです。セントビンセント病院ではモチロン最も古株。今回われわれをご案内くださった教育部長ディーンさんが新人ナースだった時、最初に指導に当たってくれたプリセプターがアンさんだったとか。「アンはセントビンセントの宝物です!」愛されて、ウン十年、ほぼ半世紀。アンは今回、我々の訪問時にレクチャーをしてくださり、その後、2010年10月に新しくできたばかりの緩和ケア専門病棟を精力的に案内してくださいました。「ココも見て、これも見て」とニコニコ顔での院内ツアー案内。その時の彼女が歩く速度はとても速くて我々の方がついていけないほど。
「でも。。。皆さんいつ辞めるのですか?」「定年は決めて無くても、大体多くの方は60歳近くなると働くのを辞めます。」つまり、原則として退職金も無いということデス。


教育部長とセントビンセントの”宝物(宝者?)”アンさん
●由佳子さんは現在公立アルフレッド病院のICUで働いています。
 弊社の留学プログラム「オーストラリア看護ワークエスぺリエンス」に参加して英語力をつけた後、現地看護大学へ編入して卒業。モナーシュ病院勤務の後、アルフレッド病院へ。永住権を獲得。そして、2010年3月に素敵なオージーとゴールイン。 とっても幸せカップルです。

スミス由佳子夫妻、両看護部長と人気のレストランで夕食

ウェイター、ウェイトレスは、皆もとホームレスということで有名なステキなレストラン。山盛りお肉の美味しいメニューを堪能しました。
●たまには、リラックス。
 リバーサイドは、素敵なグルメスポット。
市内を流れるヤラ河の河畔テラスサイド・レストランから見るシテイの眺めは最高。夏時間のメルボルンでは、午後7時過ぎまで明るく、夕日に紅く染まる雲の流れと、暮れ行く闇に浮かび上がるライトアップされた町並みのシルエットを楽しみながらのひと時は、至福の安らぎを与えてくれます。モチロン、ビールはビクトリア州地元のVB(ヴィクトリア・ビター)プレミアム、そして、ワインはヤラバレーの高級ワイン(日本と違ってお値段は、リーズナブル)で乾杯!!!おつまみは、モチ、生牡蠣とイカのフライ。新鮮な食材を生かしたシンプルなお料理が最高に美味ナノデス。。。。。。
●今日はステーキ!ホテルから徒歩10分のステーキ専門店。
 出ました、出ました。これぞ、“ザ・オージー・ビーフ”。お店をトメニューをちゃんと選べば、やわらかくてとてもイイお味の“ギュー”が味わえます。“和牛”もいいけど、本場の”オージー牛”も中々イイですヨ。
レストランのテーブル担当ウエイトレスは、ポーランド人でした。ウェイターは、インドのパンジャブから。さすが、マルチカルチャーのシテイ、国際色豊かです。
そういえば、我々もここでは外国人でしたネ。
ステーキ専門店でのお勧めは”Scottish Medallion"柔らかいフィレ肉、美味しいですヨ。
●メルボルンの街角
 人気の市電(トラム)も進化しています。

カラフルで玩具のような流線型

こんな可愛いレトロなタイプも現役です

白いタイプ。ホワイトカラー好みかナ?
●イプスイッチ・ホスピス〜いつものように施設長のロスが暖かく迎えてくれました〜
 人口17万人となったイプスイッチの町で、地域の誰もが知っているホスピスがあります。創設者のヒルダ博士は、退職後にドイツから移住した方ですが、娘の1人が二十歳だった時にがんで失い、その臨終の最後の時に多くの輸液管でつながれたままの娘の姿に大いなる疑問と深い悲しみを感じた体験を機に、移住後自ら募金活動を初めて、市域の人々を動かし、設立したホスピスです。専門家によるボランテイア教育を行い300名の地域のボランテイアが主体となって運営されています。
6床のホスピス運営費用の4割が助成金。6割は自分達の積極的なFund Raise活動で稼ぎ出します。募金活動専門のボランテイアも多くいます。
それでも年間2億円以上にもなる運営費は、ハードルが高く、セコハン品の再販店や古本屋を黒字で経営してその収益をホスピス運営費に当てています。
ナースは、常時3名対応のシフトですが、ナースの給与は全国の看護師協会で決められる基準に合わせるため、年々人件費負担が大きくなっており、一番の難題となっているとのこと。

ロスはピーターマックでも勤務経験がある緩和ケアの専門ナース。ホスピス運営は、毎日がExcitingであると語っていました。

募金で創られたホスピス(6床)人口17万人のIpswich市の市民達に支えられ、地域に根差したホスピスです。

2人のアシスタントナース

施設長のロスさん(右)とボランテイアの夫人
夫をこのホスピスで看取った後、夫への手厚いケアに感謝して、ボランテイアとして長年働いています。

中庭でバザール 売上金はホスピス運営の大事なファンドとなります

ゲスト(患者をこう呼びます)が亡くなると庭にバラを植えます。そのバラ園の花は毎日、テーブルに置かれます。
2011年1月にイプスイッチ市は、大洪水で町の三分の一が浸水する被害を受けてしまいました。でもピサセール市長のリーダーシップの元、市政府と市民と多くのボランテイア達の協力で早い復興。幸いイスプイッチ・ホスピスは浸水することなく無事でした。
<記:トラベルパートナーズ 代表取締役 戸塚雄二>
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